ファミリーキャンプの楽しさって?醍醐味は?非日常で思う家族の温もり

私は基本的に、静かにのんびりとしたキャンプが好き。でも、キャンプ場でキャンプをすると、ファミリーが多いんですよね。

もう割り切って、何となく聞こえてくる声を感じつつあれこれ思う時があります。なるほどねぇと。これもまた楽しいもんですね。

今回は、そんなファミリーキャンプの隣で人の温もりを感じました。

Sponsored Link

親子の絆を深くするファミリーキャンプに癒される

ファミリーだと人数が多くなるので、大抵は荷物も多く、テントも大きくなりますね。そうなるとお父さんは頑張って設営するわけです。

子供とのやり取りを感じて、あぁ家族でキャンプっていいな!と思うんですよ。

中高年二人きりの隣で煩くしても、迷惑だと感じていない人(私)もいるんですよというお話。

子供の声は大きいけれど感受性を大事にしたい

子供は非日常でテンションMAX!

注意された最初の一声はヒソヒソ声なんだけど、もうその声自体が大きい。丸聞こえ。次には忘れて大声ではしゃいでしまう。その気持ち、よ~く分かる。

周りの人に迷惑をかけるからと、ご両親は静かな声で注意するけれど、私は煩さの内容によっては微笑んでしまうのです。

「うおぉ~!デカいセミがいるぅ~!!!」

「ねぇお父さん!見て!あの雲のカタチかっけ~」

・・・こういう内容で大声出すのなら、私はイラつかない。

何でも親の言う事をそのまま聞いて、感動する心までも閉じこめてしまうより、全身で自然を受け止めて感動しまくる子の方が気持ちが良いし、たくましい。

将来は自分の意志で進むチカラを持てると思うのです。子供の時に感動した景色、土や草の匂いって大きくなっても忘れませんから。

家族で設営すると一体感が生まれる

お父さんは、子供の声を静かに注意しつつ、みんなで設営準備をしていきます。でも、子供だから難しい事は分からない。

お父さんとしても、子供の協力を得ようとしているのではないのです。家族で何かを築く大切さを考えて、簡単な作業を子供にさせているんだなぁと分かります。

「ここを持ってくれたら、お父さんはこっちを止めやすくなるんだ。出来るかな?」

「そこをひっぱって見えやすくしてくれ」

そんな声が聞こえてきます。

正直言って、それを手伝ってもらわずとも良い内容なんだと分かってしまう、悲しい大人(私)。小さな声だけど、森の中は響くから。聞こえちゃうんだなぁ。

空を仰ぎながら思う。

ふむふむ。なるほどねぇ。ものは言いようです。

「おい!うるせえぞ!邪魔だからそっち行ってろ!」とか言わない。

う~ん。これは、仕事でも生かせる術なんじゃないか?その辺の頭ごなしにキレる上司とちょっと違う。やる気にさせて、自分もテントを張ったんだと思わせて達成感を与えるとは。

このお父さんスゴイ。

だって、尊敬している人が助けを求めていたら、手伝ってあげたいし、力になれたら嬉しいものだもの。そうか。尊敬できるかどうかがネックかな。

そんなファミリーの声とセミの声を聞きながら、あれこれ思いつつ。

のんびりワインを飲むのも良い時間。

ちょっと話がそれますが。

こんな時のワインは、軽めのピノノワールもいいですね。カベルネソーヴィニヨンとかテンプラニーリョだと、ワインの味に集中してしまうから。

そうそう。コッヘルのフタってコースター変わりにもなるのですね。コッヘルって万能だわ。

焼きシイタケとビールで時は進み・・・夜になってまたファミリーの声が聞こえてきました。

大好きなお父さんと自然に触れる喜び

夜も更けて、子供が甘えてお父さんに声をかけます。会話によると、どうやらお布団に入った様子。

「お父さ~ん、一緒に寝たぁい」

「おう。こっちにおいで。今日は手伝ってくれて有難うな。助かったよ。」

もちろん、助かったというほどではないのは、隣の私でも分かります。でも、きちんと感謝の気持ちを伝える大切さ、認めてあげる大切さを伝えているんだなぁ。いいなぁ。

「明日はもっと大変だぞ。出来るかな?」

もちろん!ちゃんと出来るよ!

お父さんに褒められ、嬉しくて思いっきり大声。声でかい!響く響く。ここでニヤッとしてしまった。

「静かな声で話しなさい」とお父さん小声で注意。

その後、しばらくしてからのお父さんのイビキが大きいのが、何とも微笑ましい。

お父さんお疲れ様。

親が何も注意しないファミリーはイラつくけれど、大抵は違いますね。

日中に騒いだ子供は夜にはスイッチが切れて眠りますから、そんなに気にする必要もないかなと思うのです。

それでも煩いと思ったら耳栓をして寝ればいい。

子供は伸び伸びと自然に触れたり、自分で何かを成し遂げた自信がついたのなら、それで良いんじゃないかな。

子供の頃に感じた土の匂いや木漏れ日を思い出し、嬉しくなった1日でした。